先生って重要なんだな…

今、体調を崩していてあまりやることがないからか、さっき風呂に入ってて、ふと自分が「裏」って漢字を書けなかった事を思い出しました。

今でも結構鮮明に覚えてるのですが、小学生だった当時の漢字のテストで、この後に恨めしい存在となる「裏」という漢字が×だった事がきっかけです^^;

 

返ってきた答案を見て、唖然…100点間違いなしw と思っていたテストに×がありました。

自分で見てもどこが間違っているのかわからず、教科書と照らし合わせても違いを見つけることができません。なぜ×になったのか全く理解できず、あきらめきれないので先生に何故かを聞きに行ったのですが、先生は「ダメ」とだけ…

「なんでダメか考えてもわからんから聞いてるんだけど…」

まあ、そうは思ったものの、いろいろな事を小学生なりに考え、結果「字が汚かったのかな?」という結論に達しました。とは言っても読めない字を書いたほどでは無かったはずですが…^^;

で、自分で考えた結果を先生に告げましたが、再び「ダメなものはダメ」と、明確な回答をいただけなかったのです。

その様は、今考えれば「審判」のようでした。

「一度出した判定は覆さない!」そんな感じです^^;

先生からすると、「答案を返した後に書き換えて見せに来た」という可能性があったからでしょうか?とにかくとりつく島もない状態で、その後「どう違うのか」が明らかになることはありませんでした。

で、その当時の僕は教科書と自分の字の違いがなんなのかわからないままでしたので、「裏」という字を書くことが、「間違ってるかも…」という不安に駆られ、できなくなってしまったのです…

もう一度テストがあり、そこで正解になれば違ったのでしょうが、その後運が悪いことに「裏」が漢字のテストで出題されることはなく、結局自信を持って書けないまま10年くらい過ごさなければいけませんでした^^;

文章を書かなければならない場合でも、この「裏」という字だけは避けるようにしていました(別の表現とかを使いました)ので、ホントに書けないままでしたねw

ある日、ふと「書けないままじゃ自分に恥ずかしいから、もう一回だけ正確に見てみよう」という気になり、漢和辞典で調べw 小学生のころの自分の字がやはり正しかったということがハッキリとわかりました^^

こうして、ようやく僕の中の「裏」解禁が訪れたのですw

 

今となっては笑い話ですが、当時はかなり悩みましたね。何故違うのかの理由が全くわからず、先生からは「ダメ」の一点張り。

結局先生の真意はわかりませんでしたが、字が汚かったか、採点ミスを(何らかの理由で)訂正したくなかったか、のどちらかでしょう。

今となっては理由がどっちだからどうだってことはもちろん無いのですが、先生が何かしらの理由を答えてくれてたらな…と思います。そうすれば、10年も「裏」が書けないまま過ごすことはなかったでしょう^^;

 

次に、僕は英語が大の苦手なんですが、これもあるきっかけがあったから…

中学校に入り、英語の授業が始まって、当然ほとんどみんなイーブンの状態からのスタート。当時は学習塾も今ほど盛んではありませんでしたので、英語を先に習ってるなんて人はあまり聞いたことがありませんでした。

「裏」は書けないものの、それなりに優秀な成績だった僕w は、これから始まる英語の授業も人に遅れたくはない…くらいは思っていました。1学期、2学期と終わり、5段階評価ではもちろん5^^ やはり天才でしたw

しかし、2学期の終わりだったか3学期の始めだったか…英語の先生の気に入らないこと(なんだったか忘れました^^;)をしてしまったという理由で、数名職員室に呼ばれ2~3時間の説教をされてしまいました^^; まあ、普段からマジメとはちょっと遠い学校生活でしたし、先生に怒られるのは慣れっこなのですが、この先生…最後に、

「あんた達は、私が授業をする限り絶対1しかあげません!!!」

一同: ( ゚д゚)ポカーン

「ちょ…ちょっと…」とは思ったのですが、反抗期の真っ最中の僕たちに「ゴメンナサイ。それだけは勘弁してください」なんて言葉が出るはずがありませんw まあ、今怒ってるだけで、本当にそんなことはしないだろう…と思ったってのもありますけどね。

で、3学期。とりあえず、その先生をこれ以上刺激してはいけないってことで、授業もマジメに受け、学年末テストの成績も90点以上は取りました。

…通知票の結果は「1」

「まさかしないはず…」と思っていた事を簡単にやってくれましたw

「テストでいい成績を取っても意味無い…」

2年が始まって英語の担任が替わらなかったのがわかったとき、英語を勉強することをあきらめました。今考えれば、高校や大学に行くときのために、たとえ通知票が「1」でも身につけておいた方がよかったんでしょうけど、当時は「今この時」が全て。

1学期が終わるまで、全く授業を聞くこともなく、英語の全てを放棄してしまいました^^; テストも当然散々。「どうせ1だしね…」と思っていた通知票には3がついていました。テストの結果からも妥当な数字です。

どうやらあの「1しか付けない宣言」は終了したらしい…

しかし、時すでに遅し。2学期からは父親の転勤で中学校も変わったのですが、まるまる4ヶ月を不意にした代償は大きく、しっかり「苦手意識」を持ってしまった英語が他の教科に追いつくことはありませんでした。これは、後の高校受験、大学受験に大きく影響することになりました・゚・(つД`)・゚・

 

先生の感情を逆撫でする行為があったことは大変申し訳ないのですが、感情で成績を左右されるってのはちょっと違うんじゃないかなぁ…

僕の態度が悪かったことに対しては、もっと別の方法で罰を与えるべきじゃなかったのかな?と、大人になった今、思います。

自分のやったことを弁護するわけではありませんが、中学生ってのは結局何もわかってないんですよね。だから、怒られた原因をしっかりわからせて反省させないと、「先生にやられた(この場合は「1」ですね)」って事だけが頭に残って、どんどん変な方向へ行っちゃいますよw

今と違い、体罰当たり前でしたので、とにかく学生時代は何かと先生に叩かれまくったのですが、それはその場で水に流せます。感情的に殴られても、「あ、目上の人には無条件で従わなきゃならない時もあるんだ…」という社会勉強でした。でも、あんな嫌がらせ的な事をされたんじゃ、やる気は0になりますよ。

教育委員会は、目に見えるからか「体罰ダメ体罰ダメ」と叫んでますが、体罰自体にはそれほど恨みはないですし、「殴られ損」だとは思いません。ぶっちゃけてしまえば「体罰大いに結構!」くらいのスタンスですw

是非、もっと目に見えない深い虐待(?)に目を向けて、それを根絶させてください。

 

と、かなりネガティブな話(しかも長文^^;)を書いてきましたが、当然その逆もあります。

特に音楽ってのは先生に変えられた面が大きいかな?

音楽自体は昔から好きだったんですけど、特に成績がいいわけでもなく、ごく普通~の成績でした。

別に「何かをやろう」って考えたこともなかったし、音楽センスを向上させようと思ったこともないのですが、ある時先生に「sho1は歌がうまいね!」と褒めていただきました^^

「下手すぎて歌えない」と思ったことは無いのですが、「うまい」なんて思ったことはそれ以上になかった僕。褒められたうれしさから音楽が好きになり、授業も一所懸命受けだし、リコーダーの選抜、合唱の選抜なんかに顔を出すようになっていきました。

その後、バンドブームで一気に火がつき、「もっと本格的に…」という欲が出て、気がつけばブラスバンドでしたからねw

ホントはたいしたことないじゃん…orz と、すんでの所でようやく気づき、普通の生活に戻りましたが、あの時先生に褒められてなければ、絶対ここまでやってなかったでしょうし、やれなかったでしょう。

「豚もおだてりゃ木に登る」のごとく、本来の実力以上のところまで上り詰めた気がしますw

 

こうやって見ると、先生の影響力ってすごいんですよね…

先生の何気ない一言や行動がどれだけ生徒に影響するか…

「その一言は、本当にその子のためになるか?」

「先生」なのですから、その発言は一つ一つが「教え」だと思って、真剣に、そして誠実に子供と接してくださいね^^

 

…つ~か、長っ!w

ちょっと風呂場で思い出しただけなのに…^^;

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